spalmazola

ゴルゴンゾーラチーズ:起源

ゴルゴンゾーラは非常に歴史のあるチーズであり、ある資料によれば最初にそれが作られたのは西暦879年のミラノ近郊であったとのことです。

他の説によれば、それはパストゥーロ・ネッラ・バルサッシーナという幾世紀にも渡りチーズが作られていた場所で初めて発見されたものであり、そこに存在する気温が年中6℃~12℃に保たれる自然洞窟の中で出来た産物であったと言われています。

いずれにしてもゴルゴンゾーラ市は、そのチーズの消費、生産、販売において育成期にも渡り主導的立場を取ってきました。その初期の名称であった「ストラッキーノ・ディ・ゴルゴンゾーラ」は、〝緑のストラッキーノチーズ″という意味合いを持っていました。それを考えれば、それが作られたのは秋の搾乳の時期に放牧地で発見されたものだということは想像に難くないでしょう。

900年代に入ると、ゴルゴンゾーラは主に外国において成功を収め、年間実に10万キンタルという量がイギリス、フランス、ドイツに向けて輸出されました。イギリスでは柔らかい味で少しの辛味を持つ白色のゴルゴンゾーラが好まれたのに対し、フランスとドイツでは味の濃い固めのもの、いわゆる「二層のゴルゴンゾーラ」と言われる種類が好まれました。

戦後になると、ゴルゴンゾーラをいわゆる生地から作るための新しい製法が生み出されました。以前によく使われていた製法はよりコストがかかり、衛生面でも品質面でも常に一定していたわけではなかったからです。ポー平原に点在する乳牛会社や乳製品販売店は、近隣の酪農場全てを回ってミルクを仕入れ、チーズを製造してから熟成所へ運びました。70年代には100以上の乳牛会社が設備を近代化しなければならなくなり、それよりも小さな販売店の多くは撤退することを余儀なくさせられました。ゴルゴンゾーラ製造会社として現在まで残っているのはそうした設備を設けた30ほどの企業であり、それらは中規模から大規模な施設を所有する会社としても見分けられています。

近年における傾向を見てみれば、生産の中心地が移動してきたことが分かります。生産地としての3大プロヴィンチャは、45%以上を生産するノバラ、22%のパヴィア、そして15%のミラノが挙げられます。その他の生産地は、保護指定呼称で明示されている地域の各プロヴィンチャが中心となっています。

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